読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ぼくらはみんな欠けている。

サブカル時々アクティブのちインドア。

それを言っちゃあお終いよ。

覚悟が無い。

一度バッサリ切ると決めたら
「もうどうにでもして!」と言わんばかりに美容師さんに全てを託す"竹を割ったような性格"だし
絶叫マシンもノリノリで並んで挑むし、知らない土地を歩き回るのも楽しめる人間です。

じゃあ何の覚悟の話かというと

生き物を飼う覚悟が無い。という話。

小さい頃から動物は大好き。
どのくらい好きかというと、
フランダースの犬でお馴染みの"コリー"に二の腕を思い切り噛まれて、着ていたGジャンに穴が空く思いをしても(腕は無事だった)トラウマになることなく変わらず好きなのです。
爬虫類も好き。
蛇とかイグアナとか、つぶらな瞳が可愛く思えるし頭を撫でると気持ち良さそうに目を閉じるところも私の心をくすぐる。
魚は食べるのも大好き。
先日、ペットショップで出会ったウーパールーパーの何を考えているのかわからない不思議な表情に魅了されてしばらく水槽の前を動けなかったり。

そして最近はめっきりフクロウの虜になっているのです。
フクロウの話をすると長くなりそうなのでそれはまた後日書けたらいいなと思います。そのくらい夢中なんです。

これだけ無類の動物好きな私なのですが、ペットを飼ったことがないわけで。
全く飼ったことが無いということではなくて、物心ついたときから家の水槽に大きなフナと鯉が数匹いました。
つまり、自分の意思で飼ったことがないのです。
小さい頃は団地暮らしということもあったし、実家が一戸建てになったのは自分が高校生になってからで、それで飼えなかったということもあったんですが。

幼い私が「犬、欲しいなぁ、かわいいなぁ」と言うと
決まって母はこう言ってました。

「死んじゃったらかわいそうだからダメ」

そ、、、、、
それを言っちゃぁお終いよ?!?!?!??!

「面倒見れないでしょ」だとか「ここじゃ飼えないのよ」じゃなくて

それ?!?!?!?!?!

いや、確かにそれはごもっともです。
命あるものはいつか亡くなってしまいます。

しかし、小さい頃から植え付けられた親の言葉というものの威力はとてつもなく絶大で。

アラサーになった今でも、
どうもそれが引っかかって飼えません。
マンション暮らしだから犬猫は飼えないにしても、鳥やハムスターくらいなら飼えるんですが
いざ「飼おうかな、、、」と考えると

「死んじゃったらかわいそう」

と、母の言葉がよぎって飼えません。
死に対する覚悟ができません。
ペットとの楽しい時間を想像しても
ふと思い浮かぶのは動かなくなった時の映像。
冷たくなったペットを前にする私。
「、、、、やめよう」と思うのです。

恐るべし親の刷り込み教育。

今日も私はインスタグラムで様々なペットの写真を眺めては癒されながらも
「飼いたい、けど覚悟が出来ない」
そんな葛藤と戦っています。